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決勝前夜。

「はぁ…」
ため息をついてベッドに倒れこむと、ぎしっと壊れそうなほどベッドが揺れた。それと同
時に、このベッドは自分のベッドでないことを思い出し、あたふたする。
 そう、ここは、セキエイシティのポケモンセンター内にある宿舎。年に一度、たくさん
のトレーナーが集まる所だ。
 ポケモンリーグの中で、一番伝統があるといわれているセキエイのポケモンリーグ。他
にもポケモンリーグがあるといっても、やはりここを目指しているポケモントレーナーの
数は半端ではない。中には全地方のポケモンリーグ制覇を目指してやってくる猛者もいる。
 しかし、今この施設には、明日の試合を待つトレーナーは2人しかいない。
 私と、前回の優勝者である人。
 私は、こつこつバッジを集め、このリーグに初出場して、ここにいる。正直、何故こん
なに勝てたのか分からなくもあるし、場違いな印象もある。この、決勝を明日に控えてい
る、ベスト2という自分の位置に、戸惑っているのだ。
 一方、相手は前回優勝者ということで与えられたシード権を自ら破棄し、他のポケモン
トレーナーと一緒に一回戦から勝ち上がってきた。慢心も、油断も無い。優勝する資格と、
資質を、十分に持っていると思う。
 そんな相手と戦うことに、すこし、恐怖のような、よく分からない気持ちを覚える。し
いて言うなら、ああ、自分はもう勝てないだろう、というあきらめの気持ちだろうか。
「はぁ…」
今日何回目になるか分からない、ため息をつく。
 ふと、ベッドサイドにあるモンスターボールをつかみ、手の中で転がす。それから真ん
中にある白いボタンを押す。
 そこから飛び出した光がモンスターを形作り、そしてそれが実体化する。
 そこに現れたのはサンダース。
「ルミナス」
私が彼の名を呼ぶと、静かに私の腕の中に滑り込む。
 みんな彼の毛を見て、「痛そう」と言うけれど、本当はとてもしなやかで、触り心地が
いい。
 彼は、私が兄から貰ったポケモンだ。最初はなかなかなついてくれなくて、何度も痛い
思いをしたけれども、いまはかけがえの無い仲間だ。
 私は次のモンスターボールに手を伸ばす。
「ミィシャ」
そう呼ぶと、ボールから飛び出したチルタリスは、まるで子犬が甘噛みをするかのように
私の髪の毛をつんつん、とつついてくる。
 綿雨のようにふわふわした毛と、光り輝くように見えるその身体。彼女は、『そらをと
ぶ』などによって、本当に役に立ってくれた。
 それから、その歌声。2回戦で彼女の『うたう』攻撃をした時、そのときスタンドから、
私の試合を見てくれた友達が、「私の周りで寝ている人いたよ〜」と教えてくれた。それ
ほど彼女の歌声は心地よい。実は、そのとき私も眠りそうだった。
 それから、ラプラスのキューン、キノガッサのフィラセ、ネイティオのナヴィール、フ
ライゴンのシャルティ。みんな私のかけがえの無い仲間だ。みんなは、未熟なトレーナー
の私のために戦い、時には私を励ましてくれた。
 そして、みんなは強い。
 もちろん、レベルなどもそうなのだが、それよりも、心が強い。私はそんなみんなに連
れられて、ここまで来たのだろうと思う。
 それと比べたら、私は、どうなのだろうか。
「はぁ…」
また、ため息をつく。それから、ベッドから降りて立ち上がった。
「外にでも出よう…」
こんな風にうじうじしていても仕方がない。もう夜も遅いので、なるべく音を立てないよ
うに部屋の入り口のドアを開ける。
 廊下に出たあと、かすかな、高い鳴き声がしたので後ろを振り返ると、ミィシャがドア
につっかえていた。
「あ…ゴメンね、ミィシャ」
彼女のモンスターボールのボタンを押すと、出てきたときとは逆に、彼女は赤い光となり、
モンスターボールの中に吸い込まれる。
 そして私は部屋を出た。

 昼間は、ポケモンリーグの見物客や出場トレーナーでごった返していた中央広場にも、
こんな夜遅くでは人影は見当たらない。
 広場の真ん中にある噴水のへりに腰掛けた私は、一気に5つのモンスターボールを投げ
た。それから、一匹ずつ順番に声をかけてゆく。
「フィラセ、明日も闘魂燃やしてね〜」
「ナヴィール、今日はお疲れさま。明日もがんばろうね」
「シャルティ、明日もクールにいこうね」
「キューン、…今日はごめんね。調子大丈夫?」
「ミィシャ、明日終わったら、羽の手入れを念入りにしなくちゃね」
「ルミナス、明日、…ううん、これからもよろしくね。もちろんみんなも」
…6匹みんなが、私の言葉を、まるできれいな音楽みたいに、何度もうなずきながら、う
れしそうに聞いてくれる。みんなが私を信頼してくれている、それがたくさん伝わってき
て、うれしい。
 しかし、同時に不安が私の頭によぎる。
 いままでも、決して楽勝だったわけではない。みんな、何度も大怪我を負っている。そ
の度にアイテムやポケモンセンターで回復しているのだが、やっぱりみんなが疲れている
のを感じる。ずっとのんびりペースでバッジを集めてきた私たちにとっては、やはりこの
ポケモンリーグというのは相当にハードなのである。
「………」
顔を伏せて黙っている私を、みんなが心配そうにのぞき込む。
 もやもやした気持ちは、私の心の中に、さらに大きく広がろうとする。その時だった。
「こんな遅くに女の子がここで何してるの?」
 後方から、明るい、男の人の声。
 私は身体をこわばらせ、ゆっくりと振り向く。
「あ、怪しい者じゃないから、そんなに怖がらないでよ。」
そう言いながらひらひらと手のひらを振り、こっちに近付いてくる人影が見えた。
「ポケモンと、何やってるの?」
瞬間、私はみんなをすばやくボールにおさめた。ただし、用心のためルミナスは足元にい
るままにしておく。
 私の様子を察知したのか、ルミナスは身体を震わせ、帯電する準備を始める。
「あー、だから、怪しいもんじゃないってば」
そのまま彼はずかずかと歩み寄り、私の隣に腰掛ける。
「何の、用ですか?」
「こんな時間に女の子が一人でいるから、どうしたのかなと思ってさ。こんな夜中に危な
 いぜ?」
「あなたが十分怪しいです。…それに、一人じゃないですから。」
「…よく育ててあるね、君のポケモンたち」
思わずはっと顔を上げ、その一瞬後、きっと彼をにらみつけた。
「だから、怪しいものじゃないって言ってるじゃんさっきから。……そして、いい信頼関
 係が築かれてる。もし僕が君に手を出そうとしたら、そのサンダースで一発だね、僕は」
そういった後、ははっと笑い、ポケットからポケモンフードを出し、手のひらに乗せ、ル
ミナスの前に差し出す。
「ほんとに良い、ポケモンたちだよ。ほら、これ。…おい、まだ僕のこと疑ってんのか?
 …あっ、いてっ!!おいおい、なにも噛むこたないだろー」
ルミナスが、ポケモンフードを注意深くくんくんとにおいをかいだ後、彼の手に噛み付い
たのだ。
「こら、ルミナス」
そう注意しながら、思わずふふっと笑ってしまう。
「あ、やっと笑った」
そういいながら、彼は肩に提げているカバンからモンスターボールを取り出し、放る。す
るとそこにはおしとやかそうなブースターが現れた。
「…これで、怪しくないって分かってくれた?」
ルミナスとそのブースターはお互いに匂いをかぎあったあと、追いかけっこをはじめた。
「…さっきのブースターも、すごく毛並みが良かったし、ルミナスも怪しがってないし」
「あ、分かってくれたんだ。よかった〜」
そういうと彼は、さっきモンスターボールを取り出したカバンから水筒を取り出した。こ
ぽこぽという音がして、水筒の中の液体をカップに注いだ後、私に手渡す。
 温かい紅茶の香りが、私の気分を和ませる。
「いい匂い…」
「近くでのわき水で沸かした紅茶だからね。味もおいしいよ。」
「ここら辺に住んでいるんですか?」
「いや、住んでるわけじゃないけど…よく来るね。」
「ポケモンリーグに出られるんですか?」
「まぁ、そういうことだね。君は?」
「私も…そうですね。」
明日の決勝戦に出ることは、あえて言わなかった。
 私は紅茶を一口すすった。彼の言うとおり、おいしかった。
 カップを口から離すと、紅茶の揺らいでいるのだけが見える。
「何で、ポケモンリーグってあるんでしょうね。」
「へ?」
私の質問が唐突だったのだろうか、彼は間抜けな声を出す。
「どうしてそんなことを?君もポケモンリーグに参加したんだろう?」
「そうですけど、何で、戦わなければいけないんでしょうか。
 …トレーナーって、結局ポケモンを捕まえて、戦わせて、傷つけて……結局は、トレー
 ナーの傲慢なんじゃないんでしょうか?」
「でも、君のポケモンは、君をすごく信頼しているように見えた。そんなポケモンと、力
 をあわせてバトルする。いい事じゃないかー、うんうん」
「でも…」
「でも?」
「…私、みんなのトレーナーでいる自信がないんです。私より、みんなのほうが強くて、
 私、いっつも励まされてばっかりで、それで、私の指示のちょっとした間違いでみんな
 がケガしちゃったりして、私、ぜんぜん立派なトレーナーじゃないし、これからもなれ
 ないんじゃないかって…、どうしたら他のトレーナーの人みたいにポケモンと心を通わ
 せて、一緒にバトルできるんだろうって…。…そう、思うんです。」
「…君は、どうすればいいと思うんだい?」
私は、少し考えて、それから紅茶を飲みほして、口を開いた。
「私には、ポケモントレーナは向いてないのかなって…」
「だったら、ポケモントレーナーやめたら?」
「えっ…」
びっくりして、息が止まりそうになった。
「ポケモンを戦わせたくないなら、ポケモンブリーダーになればいい。もちろん、ポケモ
 ンと関わらない暮らしもできる。そうすれば?」
「でも、でも……」
頭の中でぐるぐると感情が渦巻く。確かにこの人の言ってることは正しい。でも、でも…
「でも………、でも、私みんなと一緒にいたい!みんなと力をあわせてバトルして、勝っ
 て、一緒に喜び合ったり、負けてなぐさめあったり…そんなみんなと、離れたくないし、
 これからも一緒にバトルしながら旅を続けたいっ!!」
そう言ってから、はっとした。
 暗いのでよく分からなかったけど、彼が微笑んだ気配がした。それから、彼の手が私の
ほうに伸びてきて、私の頭の上にふわっと乗った。
「ちゃんと分かってるじゃない。多分ポケモンバトルで疲れていたんじゃないかな。それ
 で、見失っていたんだよ。きっと…」
「…でも」
「?…まだ何か?」
「私みたいなトレーナーで、ほんとにみんないいのかな……」
そのとき、しなやかな毛の感触を足に感じた。
 ルミナスが、私の足に擦り寄っていて、そして私のほうを見る。
「さっきも言ったけど、みんな君の事を信頼していると思うよ。このサンダースのなつき
 ぐあいから見ても分かる。」
それから、彼の口調が少し厳しくなった。
「君が、そうやってトレーナーであることに不安を持って彼らと向き合うのは、彼らの信
 頼を裏切ることになるんじゃないかな?」
「そうですね…」
私はいつの間にか涙ぐんでいた。
「私も、もっと一人前になって、みんなを引っ張っていけるくらいにならなきゃ…」
「そうそう、その意気」
彼は頭にのせた手で、私の頭を二、三度ぽんぽんっとたたいた。
「…きっと、どんな一流のトレーナーでも、そう思うときはきっとあるんじゃないかな。
 もちろん人間だから、不安になることもある。でも、それを乗り越えてこそ、本当のト
 レーナーになれるんじゃないかな。そして僕は、君がそれを乗り越えられると信じてる。
 君なら、いつか、きっといいポケモンマスターになれるよ……」
 …その後私たちは手を振って別れた。
 私は彼の名前を聞くのを忘れていたし、明かりのない真夜中だったので、彼
の顔をはっきりと見ることは出来なかった。
 私は自分の部屋に帰ると、今までの旅路を、ゆっくりと思い出しながら眠った。

 そして、次の日午前11時58分、私は出場トレーナーの控え室にいた。
 今日の決勝戦は、正午に試合開始なのだ。
 私は、自分の6匹のポケモンの中から3匹を選び、後の3匹のモンスターボールをそば
にいるジョーイさんに渡した。
「はい、確かにお預かりいたしました。」
ジョーイさんが微笑んで私に言う。セキエイシティのポケモンリーグは、6匹の中から3
匹選んで戦うのが伝統的なルールだ。
「ごめんね、フィラセ、キューン、ミィシャ」
そうモンスターボールに声をかけると、3匹の応援する声が聞こえたような気がした。
 私にはそれが痛いほどうれしい。
 それから私は、決勝戦のフィールドに立った。
 たくさんの人の歓声が聞こえる。だんだんと、気分が浮き立ってくる。
 歓声が、一段と大きくなった。
 しかし、私と反対側の控え室から出てきた人影を見て、私は驚きを隠せなかった。
 まさか、まさか、まさか。
私たちは互いに近づき、フィールドのちょうど真ん中で向き合った。
「よろしく。」
聞こえてきた声は、まさに昨日の彼のそれと同じものだった。
 彼が私の頭に手を伸ばしてきたが、私はそれを手で払う。
「私、負けませんから。」
そう言うと、彼とは私はがっちりと握手をする。思わず握る手に力がこもる。
「僕も、手加減はしないよ。」
「勿論です。」
私はなんだか泣きそうな、変な気持ちになって、頭を上下にがくがくと振った。勢いよく
振りすぎて、頭が痛くなった。
私たちが離れて位置に付くと、審判が右手に持った旗を前方に伸ばし、大きな、しかし落
ち着いた声で言う。
「カントー地方ポケモンリーグ決勝戦、3対3、時間無制限。試合開始!!」

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